近年、メナヘム・プレスラーのインタビューほど心が温かくなった時間はない。彼は私がホテルの部屋を訪れると、おだやかにふんわりと大きく包み込むような笑顔で迎えてくれた。もうそのたたずまいに触れただけで、私は特有の空気を感じ取り、しばしことばが出なかった。
プレスラーは1923年12月ドイツ生まれ。1955年にボザール・トリオを創設し、以後50年以上に渡り、トリオで活躍。2008年のトリオ解散後は、ソリストとして多彩な活動を展開するようになる。現在は、ソロ、コンチェルト、室内楽と幅広く活動し、とりわけ室内楽の分野では、さまざまな音楽家との共演を行っている。
「室内楽も声楽の伴奏もソロも、全部同じですよ。全部が音楽なんです。ボザール・トリオ時代は、その音楽が何を語っているのか深く探していました。私たちは成功するためにそれをしていたのではなく、音楽のなかの″美″を見つけるためでした。演奏は仕事として行っていたのではなく、音楽に対する本当の愛があったからできたのだと思います。演奏は人に見せるパフォーマンスではありません。音楽における愛情表現なのです」
このことばが示す通り、プレスラーの音楽は真摯で純粋で奥深く、作品に対する愛情に満ちあふれている。そして常に新たな方向性を求めて前進していく。彼は88歳のときに声楽家から求められて初めてリートの伴奏を行った。それは未知なる体験だったという。
「声楽家との共演でわかったことですが、音楽家の学びに終わりはないんですよね。ジャンルは関係ありません。もちろん、人間の声は弦楽器とは異なり、呼吸が違います。ピアニストとして歌曲を演奏する場合は、声楽家の呼吸を飲み込むことがもっとも大切になります。演奏上の呼吸というものは、50年以上弦楽器と一緒に演奏していれば自然に身についているものです。いい弦楽器奏者が何を表現しようとしているか、どんな音楽を目指しているのかはすべてわかっています」
現在は、オーケストラとの共演がもっとも多いそうで、さまざまなピアノ協奏曲を各地の名だたるオーケストラと演奏している。
「本当にコンチェルトが多いですね。世界中のオーケストラと共演していますが、リハーサルのときに私がここの部分はこういうふうにあるべきなんだけどというと、指揮者もオーケストラのみなさんも全員が私のいう通りに演奏してくれます。これは年をとったことのプラスでしょうか(笑)」
プレスラーは目がよく、メガネはいっさい必要なく、記憶力も完璧。指の動きも問題なしと胸を張った。
「年齢を感じるのは、足かなあ。ゆっくりしか歩けないからね」
趣味は読書だそうだが、それよりも一日中、音楽のことを考えているという。それが一番幸せであり、自分の人生の喜びであり、生きる糧だからと。そこで私が考えたレシピは、ゆっくり味わいながら食べると心身が自然に癒される中華風栗おこわ。かめばかむほど、おいしさがじんわり伝わってくる至福の一品だ。