アリス=紗良・オットは、ドイツ人の父と日本人の母のもと、ミュンヘンに生まれた。子どものころから個性的な性格で、人と同じことは大嫌い。ひたすらわが道を行き、ふつうの子ども用のおもちゃで遊んだこともない。いつも何かを作り出すことが好きで、いたずらの武勇伝も山ほどある。
しかし、3歳のときに両親に連れられてコンサートに行き、そのときに聴いたピアノに感動して「自分がやりたいのはこれだ!」と確信。早速、ピアノを習いたいと両親に強く訴えた。
両親はアリスの性格を知っているため、他の選択肢があるからと最初はよい顔をしなかったが、毎日せがむ彼女の情熱に負け、翌年4歳からピアノを習わせてくれた。
好きで始めたピアノゆえ、猛練習をしたアリスは、5歳のときに最初のコンクールに入賞。ミュンヘンのヘラクレスザールで演奏する機会を与えられ、このときに「ピアニストになる」と決心した。
「ことばで自分の意志を伝えるよりも、ピアノの方が的確に伝えられるとわかったからです。ステージで演奏すると、聴衆とのコミュニケーションに熱い感動を得ることができます。以後、いっさい迷いはありません」
そのことば通り、アリスの演奏には迷いがない。自分の目指す方向、進むべき道を確固たる信念をもって見据え、ひたすら前進。それが音に反映し、疾風怒濤のごとく突っ走っていく勢いを感じさせる。
現在は国際舞台で活躍する超多忙なピアニストとして、著名な指揮者、オーケストラとの共演を重ねている。しかし、「ピアニストはただ練習あるのみ」という前向きな姿勢はけっして崩さない。
数年前に出会ったルクセンブルク出身のピアニスト、フランチェスコ・トリスターノとは即座に意気投合。やがてデュオを結成し、各地で火花の散るようなエキサイティングな演奏を披露、録音も行っている。
彼らは奏法も解釈も表現力もまったく異なるが、それが丁々発止の刺激的な音の対話を生み、一瞬たりとも耳が離せない集中力に富んだ熱気あふれる音楽を生んでいる。
デビュー当初のアリスは、自分の作りたい音楽を一心不乱に追求するタイプだったが、近年はより自然に、作品の内奥に迫り、あくまでも作曲家の魂に寄り添うという気持ちを大切にする演奏へと変貌を遂げている。
アリスのピアノは聴き手を元気にさせてくれる個性と情熱と、進取の気性に富む。そこで私が考えたのは、ほんのり甘く癖になる味わいの厚焼き卵と、驚くべき斬新な味覚を備えたう巻き卵の2種。和食をこよなく愛し、自分でもいろいろ試行錯誤を繰り返しながらお料理しているアリス。スイートでキュートな容貌と、常に新しいことに挑戦したいという冒険心、芯の強い明快な演奏からイメージしたレシピである。
私はだしを効かせて薄味に仕上げるのか好みだが、もっと濃い味が好きな人は調味料を増やして、自分の味に仕上げてくださいな。
写真 Marie Staggat/DG