幼いころから音楽に類まれなる才能を示し、「神童」と称されて特別な教育を受けて実力を伸ばしてきたチョン・キョンファ。12歳で渡米し、ジュリアード音楽院で名ヴァイオリニストたちに師事し、19歳でエドガー・レヴェントリット国際コンクールに優勝して国際舞台へと躍り出た。
以来、怖いまでの集中力に富む、深い表現力に根差した完璧なる演奏は各地で高い評価を得、全身全霊を賭けて演奏する情熱的な姿勢に世界中のファンが魅了された。
しかし、2005年指のケガに見舞われ、5年間というものまったくヴァイオリンが弾けない状況に陥る。この間は母校で後進の指導にあたるなど、若い音楽家の育成に尽力した。
復帰は2011年12月。その演奏は洞察力に富み、深い表現力に根差したヒューマンな音楽へと変貌を遂げ、再び熱い視線を浴びている。2015年4月の来日公演では、4年間デュオを組んでいるケヴィン・ケナーとの共演により、ベートーヴェン・プログラムを組んだ。これは同年のワールドツアーで演奏される演目で、日本がそのオープニングの役目を担った。
「今回のベートーヴェンの3曲は、いまだから演奏できる作品です。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタはヴァイオリンとピアノが完璧に融合しなければいい演奏は生まれません。ベートーヴェンの作品は演奏するごとに新しい発見があり、学び続けることの重要性を私たち演奏家に突き付けてきます。ケヴィンと私は練習を重ねることで、ふたりの楽器がひとつの“声”になるよう努力してきました」
彼女はジュリアード音楽院で歴史に名を残す偉大なるヴァイオリニスト、イヴァン・ガラミアンに師事している。そのガラミアンのパリ時代の弟子で、のちにキョンファも教えを受けるロシア系アメリカ人のヴァイオリニスト、ポール・マカノウィツキーが、1954年からコンビを組んだアメリカ人のピアニスト、ノエル・リーとのベートーヴェン全集の復刻版の録音を聴き、キョンファとケナーは「この演奏を目指そう!」と心に決めた。
マカノウィツキーとリーのベートーヴェンは、ふたりの心に強い衝撃と深い感銘をもたらすものだったからである。
「ベートーヴェンのソナタはヴァイオリニストにとってもピアニストにとっても特別な作品であり、内容が濃い。深い洞察力を必要とします。人生とは何か、なぜ私はここにいるのか、どこからきてどこへいくのか、どう生きるべきなのかという人生の命題を突き付けてくるからです。それらは哲学ともいえます。そうした作曲家の真意が凝縮した作品を的確に表現するためには、演奏家も勉強を怠ることはできず、常に学ばなければなりません。ただし、私たち演奏家は、あくまでも作曲家の思いを聴き手に伝えるメッセンジャーにほかなりません。自分自身が前面に出たり、余分なことを付け加えたり、存在をアピールするのはまちがっています。演奏に徹するべきで、作品のよさを伝えるのが役目です」
キョンファはこうした話題になると、一気に雄弁になる。とかく演奏家は自分を誇張し、派手なパフォーマンスをしたり、目立とうとするが、それはまったく必要ないことだと断言する。
チョン・キョンファといえば、野生動物を思わせるような本能的な演奏をする人、俊敏で情熱的で一気に天に駆け上がっていくようなはげしい演奏をする人、というイメージが定着している。しかし、演奏できなかった時期を経て、その演奏は大きな変貌を遂げ、温かく、聴き手の心にゆったりと染み込んでくる演奏に変ってきた。
そこで私が考えたのは、彩り野菜や根菜を牛肉と合わせた炒め物。プルコギは牛肉と野菜を入れた韓国のすき焼き風のお料理だが、今回は根菜類を焼き付けるようにじっくり炒め、ごはんに合うおかずにした。
素顔のチョン・キョンファはひたむきで率直で、強いエネルギーを秘めた人。この炒め物は、食べた直後からからだがポカポカしてくる。そしていろんな野菜がからだを健康に保ってくれる。まさにキョンファの音楽を聴いたあとのように、あったかさが残る。
次回は山田和樹(指揮)