「ウィーンの宝」と称されるピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダーの演奏は、自由闊達で創意工夫に満ち、洞察力に富んでいる。
「私は完璧主義者なんですよ。どんな作品を演奏するときも、たいていは楽譜を8から10版研究し、徹底的に作曲家の意図したことを追求していきます。ベートーヴェンのソナタの場合も同様で、あらゆる版をいつも見直し、つねに新たな発見を求めてベートーヴェンに近づいていきます」
そう語る彼は2014年、満を持して初のバッハ・アルバムをレコーディング。その収録曲であるJ・S・バッハの「イギリス組曲」第3番を、2016年3月4日のすみだトリフォニーホールのリサイタルで披露した。
まさに生き生きとした躍動感あふれる演奏で、バッハを心から愛するという嬉々とした表情が見てとれた。
ブッフビンダーはこの1日のリサイタルのために来日し、演奏後の夜半、機上の人となった。なんとタフな人だろうか。
関係者の話によると、彼はクルマでホールから空港に向かう途中、行きつけのお寿司屋さんにより、おさしみだけをさっと口にし、すぐにタクシーに戻ったという。本当はゆっくりお寿司をつまみたかったに違いない。
彼のライフワークはベートーヴェンのピアノ・ソナタとピアノ協奏曲全曲演奏だが、バッハも長年の研究心に貫かれ、複数の楽譜を徹底的に検証した成果が美しい響きとなって開花し、聴き手の心に説得力をもって作品の偉大さを伝えた。
このときのリサイタルでは、得意とするシューベルトのピアノ・ソナタ第21番も演奏された。これが白眉の演奏で、ほろ苦い悲壮感、胸の内を吐露するような哀感に富み、諦念と情念と暗い熱情が全編を支配していた。
しかし、アンコールになるとその空気は一変。シュトラウス2世の「ウィーンの夜会」で超絶技巧と馥郁たる響きを遺憾なく発揮、会場を沸かせた。
私がブッフビンダーのレシピを考えるとき、まず頭に浮かぶのは和食。そしてお魚。しかも、なるべくナマに近い形で、独特の香りと風味があるもの。というわけで、かつおの和風ソテーを考案した。
これは一度食べるとクセになる味で、かつおの季節がくると、必ず作りたくなる一品。もちろん、お酒のおつまみには最適だが、炊き立てのごはんにもバッチリ合う。いわゆる「大人の味」で、ブッフビンダーの心に染み入る音楽を連想させてくれる。
なお、ブッフビンダーは10月にウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2016で再び来日し、ズービン・メータ指揮のもと、ブラームスのピアノ協奏曲第1番を演奏する(サントリーホール 10月7日他)。その来日記念盤として、同コンビとのブラームスのピアノ協奏曲第1番、第2番がリリースされる(ソニー 10月5日)。
写真 Marco Borggreve
次回はレイ・チェン(ヴァイオリン)