数ある国際コンクールのなかでも、とりわけレベルが高いことで知られるエリザベート王妃国際音楽コンクール(ブリュッセル)。この2009年のヴァイオリン部門の覇者は、1989年台湾生まれのレイ・チェン。4歳から5年間ブリスベーン(オーストラリア)のスズキ・メソードでヴァイオリンを学び、13歳でナショナル・ユース・コンクールに優勝。その後、15歳でニューヨークのカーティス音楽院に入学、名教授アーロン・ロザンドに師事する。
「13歳でコンクールに優勝した時点で、ヴァイオリニストになることが人生の優先順位のトップにきました。でも、順調だったのはここまで。ロザンド先生のもとでは奏法の見直しを余儀なくされ、奏法を模索する自分探しの時期が続き、とても苦しかったですね」
その時期を乗り越え、2008年にはユーディ・メニューイン国際コンクールで優勝。審査員を務めていたマキシム・ヴェンゲーロフに認められ、以後各地でヴェンゲーロフの指揮のもとで演奏、2台ヴァイオリンのコンチェルトなどでも共演を重ねている。
「ヴェンゲーロフはぼくのメンターとも呼ぶべき大切な存在。音楽と対峙するときのインスピレーションのとらえかた、楽譜の深い読みなどを自分でガンガン弾きながら教えてくれます。バッハの作品に関しては、完璧なコントロールのもとに演奏しなければならないのですが、本番では自由奔放に弾くように、といわれます。バッハは人間としての謙虚さ、正直さ、偽りのない気持ちも要求される。その真意を教えてもらいました」
レイ・チェンの演奏は、のびやかで自由で聴き手の心を開放させてくれる。2011年の来日公演ではJ.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ」全曲を2日に分けて演奏、難曲で底力を遺憾なく発揮した。
「バッハの無伴奏作品を全曲演奏するのは、この日本公演が初めて。大きな挑戦でした。ぼくのマイルストーンともなったコンサートです。これらの作品はとてつもなく難しいけど、難しく聴こえないように弾かなければならない。これは暗譜も大変。繊細な織物を編み上げていくようなこまやかな神経を要する。しかも流れるように、自然に弾かなければなりません。一度破綻すると、絶対に戻れない怖い作品です。しかも音符をひとつも変えることなく、即興性をもって演奏しなければならないですからね。血と涙の結晶です」
そのバッハの無伴奏を、9月の来日公演で再び披露する。
「実は、このなかのバッハの《シャコンヌ》はあまりにもすばらしい作品ゆえ、長年手をつけなかったんです。もっと自分が成長してから演奏しようと思って。でも、エリザベート・コンクール後にいまの自分を素直に出すべきだと考えて始めたら、のめり込んでしまいました。もっと早く弾くべきでしたね(笑)」
以前の来日公演でも「シャコンヌ」を弾いたが、まさに入魂作。音が濃厚で情熱的、心に鋭く突き刺さるようにまっすぐに入ってきた。ヴァイオリンはその人特有の「音」というものが存在するが、レイ・チェンの場合も野太く肉厚で、一本芯の通った強靭な音が特徴だ。
性格は底抜けに明るくジョーク好き。会った人みんなを幸せにしてしまうキャラクターの持ち主で、演奏も情熱的で深々とうたい、おおらかな弦の音が炸裂する。
そこで私が考えたのは、中国おせちなどに登場する如意蛋捲(ルーイータンチュアン)。祝祭時によく供される一品だ。
作り方は結構凝ったものもあるが、レイ・チェンのシンプルで美しい響きに合わせ、ごく簡単なレシピにしてみた。ごはんにも、お酒にも合うひと品である。