Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

音楽を語ろうよ

昔から古い時代の作品と同時代の作曲家が書いた、いうなればいま生まれたばかりの作品の両方を愛しています。ピエール=ロラン・エマール (ピアノ)

I have always loved music from the past and music that has just been born in our own times, both at the same time. ― PIERRE-LAURENT AIMARD (Piano)

2016.02.22.

ピエール=ロラン・エマール (ピアノ) photo01

© Marco Borggreve

ブーレーズとの出会いは大きな刺激をもたらした

 現代音楽の旗手といわれ、1973年にオリヴィエ・メシアン国際コンクールで優勝を遂げたフランスのピアニスト、ピエール=ロラン・エマール。以来、メシアン演奏の第一人者と称されるようになるが、弱冠19歳でピエール・ブーレーズが創設したアンサンブル・アンテルコンタンポランにソロ・ピアニストとして加入。メシアン、ブーレーズをはじめリゲティ、シュトックハウゼンら多くの作曲家との交流を続けてきた。
「ブーレーズとの出会いとアンサンブル・アンテルコンタンポランでの活動は、若かった私に大きな影響をもたらしました。ブーレーズに出会ったころ、私は音楽家としての形成期にあたり、すべてを吸収したいという欲求に満ちあふれていました。このグループに入ることは現代音楽の中核に入ることを意味し、日々刺激を受け、心が高揚していましたね」
 エマールはこれまで何度か来日を重ねているが、2014年秋にはJ.S.バッハとエリオット・カーターの作品を演奏するために来日し、各々の作品で心に響くピアノを披露した。
「私は昔から古い時代の作品と同時代の作曲家が書いた、いうなればいま生まれたばかりの作品の両方を愛しています。ピアニストとしてのキャリアをスタートさせた10代のころから偉大な作曲家と出会い、多くのことを学んできましたが、それが私のレパートリーの根幹をなしているのです。同時代に生きる作曲家の作品を演奏すると、古典的な作品に戻ったとき、新たな光を見出すことが可能になり、また、自分の目指すべき方向が明確に見えてきます」-

ピエール=ロラン・エマール (ピアノ) photo02

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻
ピエール=ロラン・エマール(ピアノ)
UCCG1672/3(ユニバーサル)

7カ月間「平均律クラヴィーア曲集」と対峙

 近年、もうひとつの大きな柱に掲げているのがJ.S.バッハ。2007年に録音した「フーガの技法」は、米国iTunesクラシックのダウンロード・チャート第1位を獲得、各種の賞にも輝いた。
「これが私のバッハの第一歩となりました。 «フーガの技法» は、謎に満ちた作品であり、だからこそ挑戦しがいがあると感じたのです。もちろん学生時代に多くのバッハの作品を勉強しましたが、ピリオド楽器(オリジナル楽器)の奏法もまったく経験したことがなかったため、バッハを録音することになったときには、一から勉強しなければなりませんでした」
 バッハの録音には時間をかける必要があると感じたエマールは、次なる「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の場合は、7カ月のサバティカルを取って作品と集中的に対峙し、入念な準備のもとで録音に臨んだ。
「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の録音は、静謐で敬虔で情感豊かな演奏。来日公演でも全曲演奏を行ったが、聴き手を別世界へといざなうような、魂が浄化されるような、特別な時間を生み出した。
「それは私の演奏によるものではなく、すべては作曲家のなせる技です。演奏家は作品を深く理解し、それを忠実に伝えるのが使命ですから。それには長い時間が必要となります。私はこの作品を弾くとき、自分の内なる声に従ったのです。いま弾くべきだと思った。そしてコンサートやツアーや日常のすべてから離れ、集中してこの作品と向き合いました。バッハの作品はとても豊かで一面的ではなく、独特の秩序が備わっている。力強い創造性と豊かな想像力と表現力も備えています。それを7カ月かけて完全に自分のなかに取り込み、何度も見直し、すべての可能性を追求し、“バッハの宇宙”に入り込んでいったわけです。まったく他のことには惑わされず、クリーンな時間が必要でした」

バッハは無限大の魅力をもっている

 エマールのバッハはテンポがむやみに速くなく、じっくりと聴かせる。強弱やリズム、和声、装飾音、休符の扱い方、ペダルの使用など、すべてにおいて自然で、あるべき姿で存在している、という音楽に仕上がっている。
「バッハは無限大の魅力をもっています。それが私の向上心を促し、前に進む力を与えてくれます。平均律の曲集は、教育用に書かれています。バッハは、息子や弟子を教育するのみならず、自身にも教育を施した。その思いが作品から浮かび上がってきます」
 エマールは知的で創造性と洞察力に富む話し方をする人だが、バッハの話となると、クールな口調が一気に熱を帯びる。


" «フーガの技法» も «平均律クラヴィーア曲集» も、その時期に録音するべきだと思ったのです。自分の内なる声が聴こえ、正しい時期に正しいことをする、と確信したからです。だれでもそうでしょうが、自分の内側から欲する欲求というものがある。私の場合は、いまこの時期にバッハと対峙したいと感じたんです"

"I felt that I had to record‘The Art of Fugue’and‘The Well-Tempered Clavier’at that exact time. I heard my own inner voice and felt for sure , that I was doing the right thing at the right time. Everyone has their own desire that arises from their inside. In my case, I felt the need to confront Bach now."

ピエール=ロラン・エマール (ピアノ) photo03

メシアンから得たことは音楽家としての私の糧

 もうひとつ、エマールの話が止まらなくなるのが、メシアンとの出会いである。この偉大なる作曲家には12歳のときに会った。
「たった12歳の少年に、メシアンは真正面から向き合い、話をしてくれました。彼は自分の周りのすべてのことに耳を開き、音楽のみならずあらゆることに繊細で敏感な耳を向けていました。メシアンから得たことはことばにできないくらい大きく深く、貴重です。彼の音楽は正確無比で、和声の向こうにある色彩的なビジョン、限りない創造性、精神性の高さは、私の音楽家としての糧ともなっています。それ以降の同時代の作曲家との交流に、大きな示唆を与えてくれたからです」
 今後も、現代の作曲家が書いた作品の初演が目白押し。各地のホールとの共同作業も進められている。「もちろん、バッハも弾きたい作品がたくさんあるよ」と、笑みを見せた。

次回はセドリック・ティベルギアン (ピアノ)