Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

音楽を語ろうよ

ラフマニノフはもっとも心に近い作曲家といえます。彼の作品を弾くのは、いつも大きな喜びですね。美しい旋律、特殊な和声、精神性の高い音楽は心の深いところに響き、イメージが広がります。ダニール・トリフォノフ (ピアノ)

Rachmaninov is the composer, who is most close to my heart. Playing his music is always a great joy for me. Beautiful melody, unique harmony, music with high spirituality gets to the deepest part of my heart and expands my imagination. ― Danil Traifonov (Piano)

2016.07.07.

ダニール・トリフォノフ (ピアノ) photo01

©Dario Acosta

コンクールは若いうちに受けたい

 ロシアからは次々にすばらしい才能を備えた若手演奏家が出現してくるが、2010年のショパン国際ピアノ・コンクーで第3位に入賞し、最優秀マズルカ演奏賞も受賞したダニール・トリフォノフもそのひとり。彼の演奏を初めて聴いたのも同コンクールだったが、みずみずしい音色と推進力にあふれた演奏に将来性を感じたものだ。
 トリフォノフはこのコンクール終了後に次なるコンクールへの参加を決め、猛勉強を開始。なぜなら、コンクールは「できる限り若いうちに受けたい」と心に決めていたからだ。ショパン国際ピアノ・コンクールが終わったのが2010年10月末。その後、2011年5月にはイスラエルのルービンシュタイン国際コンクールに出場、見事優勝の栄冠に輝いた。
「ルービンシュタイン・コンクールは優勝者の演奏契約が充実し、13日間に12回のコンサートが入っていました。それを必死でこなし、最後日にモスクワに飛び、チャイコフスキー・コンクールの会場で楽器選びをしました。もうテンションが上がりっぱなしで、ロシア人として憧れのコンクールに参加できることで興奮状態でした(笑)」
 第14回チャイコフスキー国際コンクールは2011年7月に行われ、そのピアノ部門でトリフォノフは優勝の栄冠に輝き、さらにヴァイオリン、チェロ、声楽の全部門を通してのグランプリも獲得した。立て続けに大きなコンクールに参加して成果を得たわけだが、その後、世界中から演奏のオファーが殺到、国際舞台で活躍する若きスターとなる。
「いまは年間120回のコンサートが入っています。でも、もうこれが限界。今後は少しずつ減らして、もっと勉強します」

何でも自分で決め、実行に移す

 トリフォノフは1991年ロシアのニジニ・ノヴゴロドに生まれ、5歳半でピアノを始めた。モスクワのグネーシン音楽院でロシア・ピアニズムの正統的な継承者であるタチヤーナ・ゼリクマンに師事。その教えを忠実に守りながら音の響かせかたから作品を大きくとらえ、楽器を豊かに鳴らし、レガートを大切にする奏法まで受け継ぎ、ステージで実践している。
 その後、クリーヴランド・インスティチュートでセルゲイ・ババヤンに師事し、最近は彼と2台ピアノの演奏などで共演している。
 子どものころから何でも自分で決め、実行に移してきたというトリフォノフは、13歳のときに氷ですべって左手首を骨折し、3週間ピアノを弾くことができなかった。だが、このときにピアノの大切さに目覚め、ピアニストになる決意をしたという。


"いまは夢がかないつつありますが、ここで気をゆるめるわけにはいきません。もっと苛酷な練習を自分に課し、少しでもいい演奏ができるようにならないと。ぼくは子どものころからいつも“時間がたりない”と思ってきました。いまはそれが加速しています。そのなかでしっかり自分を見つめ、正しい成長ができるよう努力したいと思っています"

"Now, my dreams are coming true but I am not to loosen up here. I need to make myself practice more harder and improve my playing. I have always thought that I needed more time from when I was a child. And it is even worse now, but I would like to watch myself closely and make every effort to improve myself in the correct way."


 そんなトリフォノフが「トリフォノフ・プレイズ・ショパン」をリリーしたのが2011年9月。ここでは特有の繊細で華麗で躍動感あふれるピアノを存分に披露している。その後、2013年2月5日にニューヨークのカーネギー・ホールで行われたライヴ「カーネギー・リサイタル」が登場した。スクリャービンのピアノ・ソナタ第2番、リストのピアノ・ソナタ ロ短調、ショパンの「24の前奏曲」というプログラムで、伝統あるホールを埋め尽くした聴衆から嵐のような喝采を贈られている。CDのライナーノーツには「これまで120年以上にわたってカーネギー・ホールは奇蹟のような瞬間を生む場所として、特別な存在たちの華やかなデビューを飾ってきた。トリフォノフはその名をカーネギー・ホールの伝説に刻んだ」と記されている。

ダニール・トリフォノフ (ピアノ) photo02

ラフマニノフ:変奏曲集
ダニール・トリフォノフ(ピアノ)
ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団
UCCG1713(ユニバーサル)

室内楽を演奏しているような…

 新譜は「ラフマニノフ:変奏曲集」。祖国の偉大なるピアニスト&作曲家へのトリビュートの意味合いが含まれ、「パガニーニの主題による狂詩曲」(ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団)「ショパンの主題による変奏曲」「コレッリの主題による変奏曲」と、トリフォノフ作曲(1991)の「ラフマニアーナ」が収録されている。
「ラフマニノフはもっとも心に近い作曲家といえます。彼の作品を弾くのは、いつも大きな喜びですね。美しい旋律、特殊な和声、精神性の高い音楽は心の深いところに響き、イメージが広がります。ただし、ある作曲家に特定のイメージを抱くのは賛成できません。ラフマニノフはある種のイメージで語られることが多いのですが、もっと自由で視野の広い音楽だと思います。実際に、彼が残した2回のピアノ協奏曲の録音を聴いてみると、まったく演奏が異なっています。ラフマニノフは固定観念で縛られる作曲家でもピアニストでもなく、常に変容していたことがわかります」
 このラフマニノフの変奏曲の録音では、いまもっとも勢いに満ちた指揮者、ヤニック・ネゼ=セガンとの共演が実現している。
「ネゼ=セガンは強い印象をもたらしました。すばらしい指揮者で、私たちは解釈が同じ方向性をもち、最初からオーケストラともピタリと合ったんですよ。実はこの作品に関しては1日しか時間がなく、1回のリハーサルですぐに録音の本番を迎えた。でも、全員が一体化し、まるで室内楽を演奏しているようでした。すぐに、次はラフマニノフのピアノ協奏曲第4番で共演しよう、と決まったほどです」
 ラフマニノフの第4番のコンチェルトは、1927年にラフマニノフのピアノ、レオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団で初演された。同オーケストラには大切な作品である。

ダニール・トリフォノフ (ピアノ) photo03

作曲家を目指す

 トリフォノフは、以前から「私は作曲家を目指す」と語っている。今回のアルバムにも自作が入っているが、近年ピアノ協奏曲の楽譜も出版され(ショット社)、現在はギドン・クレーメルの70歳の誕生日(2017年)を祝すヴァイオリン、ピアノ、室内オーケストラ(クレメラータ・バルティカ)のための作品を作曲中だ。
「最近は、各地のコンサートホールのアーティスト・イン・レジデンスを務めるようになりました。近い将来、そうしたホールで初演する作品を書きたい。作曲は子どものころから行っていて、ピアノ・ソナタは18歳のときに書きました。クレーメルとの共演では、ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919~1996 ポーランド)という作曲家の作品を初めて演奏することができましたが、こうした新たな作曲家のとの邂逅はとても刺激になります」
 次なる新譜は「超絶! リスト:練習曲集」。10月にリリースが予定されている。

 成長著しいトリフォノフは聴くたびに大きく飛翔するような進歩を遂げ、柔軟性に富む音色、圧倒的なテクニック、豊かな歌心で聴き手の心をわしづかみ。恐るべし、ダニール!

次回はアレクサンドル・タロー(ピアノ)